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ノーデルリヒト・フォトギャラリーにて

写真展 『 SUMMER OF LOVE 』

自由と幻想の映像


街を裸で歩いたりポーズをとったりする女の子たちに、驚くものはいない
イェヴゲーニィ・コンダコフ  ロシアの性の革命について


 フローニンゲンのノーデルリヒト・フォトギャラリーは、国際的に知られた4人の写真家の作品を集め、自由と幻想がどのように互いに交錯し得るかを特集したサマー写真展『 Summer of Love 』を開催しています。
 ある観客は、そこに置かれたゲストブックで、ポルノと何が違っているのだろうかと自問します。他の一人は、セックス... セックス... セックス... 、と書いています。これによって、その写真展が裁かれるているのではありません。確かにその映像は、時にはあからさまでショックなものです。何も隠さないということもしばしばです。多くが、限界を見失っているように見える、快楽の世界の中に身を投げ出している男や女を撮影したものです。
 その映像は同時に、冷え冷えとした社会の中で、ほんの少しの温かさ、愛、親密さを探し求める人の姿を表しています。ただ問いを呼び起こし、議論を招くだけではなく、正に目を見張るようなものとして見られるもの。規則から解放され、物質主義がもてはやされ、大量消費がはびこる時、直接の結果であろうがなかろうが、起こり得ることは何なのでしょうか?




 ダハブラット・ファン・ヘット・ノーデンに、その写真展についての大きな記事が載りました。ジャーナリストのイーラント・ピーテルスマは、その見出しとして「全く恥じらいなく」と書きました。そこに、ソヴィエト連邦が崩壊した時代の自由とデカダンスについての言葉を拡大した、出展者の一人、ロシアのイェヴゲーニィ・コンダコフがいます。
 90年代、彼の国で性革命が起こった、と彼は言います。「セックスを求める必要はありません。街に行けば、そこにあります。」
 それは実例で豊富に示されます。それは真実、あるいは写真家がもしかすると意図しないで、先の世界的な強国で起こった変化を追跡する映像を表現したものなのでしょうか?
 共産主義の時代、確かに性に関して厳格で禁欲的な規則がありました。60年代のカルバン主義のオランダや、ジャネット・ジャクソンのほんの少し露出した胸が全国規模の大騒動を引き起こしたピューリタニズムのアメリカで、私たちもそれを知っています。
 男性誌が街で突然の裸の女性たちを載せることに、性に関するロシアの姿勢が打ち負かされたのでしょうか?女性は誰も、エレーナ・コレノヴァのようなスターでさえも、裸でポーズをとることを問題としないのでしょうか?
 今なお、母なるロシアでのカリグラ状況が話されるのでしょうか?
 イェヴゲーニィ・コンダコフの展示写真の中で目立つのは、二人の女性と一緒にサウナに入っているボリス・エリツィンの写真です。それがそっくりさんであることを、彼は知らせます。そして、大統領に関するこの種のジョークは当時はまだ可能だった、と付け加えます。今はもうそうではありません!


  © Yevgeny Kondakov

フリーランスのフォトジャーナリスト。彼の作品はステルン、ニューヨーク・タイムズ、タイム、パリ・マッチに載りました。
写真研究「How do Russians Love?」の共著者で、2008年には写真集「Russian Sexual Revolution」が出版されました。


 イェヴゲーニィ・コンダコフ(1961)の「ロシアの性革命」と並んで、ノーデルリヒト・フォトギャラリーでの写真展では、キュレーターのヴィム・メーリスによって構成された次の3名の写真家の作品も見ることが出来ます。


 アメリカのエイミー・トゥシェット(1970)は、「The World Famous *BOB*」の一人の「バーレスク・ダンサー」の生活を記録しました。カリフォルニアで育った十代だった彼女に、*BOB*の風変わりさは、遂には周囲からの疎外と自己破壊をもたらしました。彼女はニューヨークを、この悪夢から目覚め、彼女のファンタジーを燃焼させる唯一の出口、チャンスと考えています。スターになること。


© Amy Touchette

アメリカのフリーランス・フォトジャーナリスト。
ニューヨークの国際写真センターで教員助手。



 「Human Negotiations」の中で、ドイツのカタリーナ・ヘッセ(1961)は、タイのバンコックの売春産業のもう一つの映像をもたらしています。彼女は幾人かの女性の後を追い、彼女たちの生活や背景、その選択や動機について、詳しくインタビューしました。西洋の映像 – 東洋の性産業の無力な被害者としての女性たち – が確かなものであるかどうかという問いを、それは明らかにしました。ヘッセは性的奴隷制という固定観念に反対し、夢の販売で彼女たち自身やその子どもたちにより良い生活をもたらせるかもしれない、平凡な女性たちの個人的な、少なくとも両義的な像に、挑んでいます。


© Katharina Hesse

中国の言葉と文化をパリで学び、ドイツのテレビ局ZDFとニュースウィークのためのジャーナリスティックな仕事をする。写真は独学。
彼女の作品は、クーリエ・アンテルナショナル、デル・スピーゲル、ディー・ツァィト、マリ・クレール、ネオン、ニューズ・ウィーク、ステルン、ヴァニティ・フェア等の雑誌に掲載されました。


 最後に、トランキールが特別に関心を持ったのは、東京に住みそこで仕事をしているフランス人、エマニュエル・ギヨー(1970) です。
 彼は日本の首都を夜通し歩きまわりました。ノーデルリヒトで最初に展示されるための作品「Until the sun rises」は、孤独について、駐車場や校庭 - 夜には一時的にゲットーと化す公共の場所 - を徘徊する男たちについての、彼の新しいインスタレーションです。彼らが期待するは、偶然の出会い、彼らの「義務を伴わない興奮を探して」、あるいは親密さ ...  朝日が昇る時、なるべくなら何が起こったかを忘れて、彼らは再び去っていきます。


© Emmanuel Guillaud

欧米人として初めて「トーキョーワンダーウォール賞」(東京都庁、東京現代美術館、東京都写真美術館)を受賞。




写真展「Summer of Love」は8月23日までノーデルリヒト・フォトギャラリーで開かれています。


続いて「ノーデルリヒト・インターナショナル・フォトフェスティバル 2009」
『Human Condition』 が9月6日から10月4日まで、フローニンゲン市内で開催されます。
出展作品は:





スチュアート・フランクリン 『 Point of No Return』
ラウレン・ハインズ 『Closing In』
シマン・ニャミ 『Ordinary Pain』
マルク・プルスト 『Lost』
バス・フルーヘ 『Multivocal Histories』
ヴィム・メーリス 『War Machines』
このフェスティバルについてもっと知りたい方は:
>>ノーデルリヒト・フォトフェスティバル2009(英語)







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